書への取り組み~古典について:科学的に検証し真の姿を明らかにする。芸術としての書:前衛書で自己表現

溪泉プロフィール

                  

  • プロフィール
    マナ鶴

■1956年鹿児島県出水(いずみ)市に生まれる。
鶴の渡来地で有名。毎年1万羽がシベリアから越冬に来る。
玄土社(げんどしゃ)表立雲 主宰 に所属
■東京都大田区在住
■特技 猫とすぐに仲良くなれる。子供のとき10匹も飼っていた。黒猫のメスが子猫をぽんぽん生み、終いには母子で子猫を生むので猫だらけだった。黒猫は歯がなくなるまで生き、大往生した。
現在も近所の地域猫(白黒模様)に勝手に名前(クロベエ)を付け
かわいがっています。

■趣味 ○デジタル一眼・・2~3年で更新されるので
    一機種を長く使おうという考えはなくなりました。
    
    ○熱帯魚エンゼルフィッシュ&ランチュウを飼育中

    ○硯収集・・硯は良いものはきりがありません。
          大西洞硯オタクになると大変です。
          八寸ぐらいだと50万超え10寸だと
          三桁。200万超えでしょうか。今は
          もっと高値かも?
          おまけにデリケートな石で手入れが
          大変。硯を極めるには大西洞を買えと
          言われくらいです。

          

   

  • 書道人生
    小学校3年生から書道を始める。
    中学生時代は油絵ばかり描いていた。
    高校生 工業高校で電気科に入学。男子ばかりだった。
    書道部に入部。何と部員はたったの4人。顧問は数学の先生だった。
    この先生から指導を受けた。昇段の難しい南日本書道会に入った。
    3年で2段になった。県展に出しなさいといわれた。先生の書いた孟法師碑の臨書を手本に書いた。半切用の筆がなかったので先生に借りた。
    特選になった。先生いわく「こりゃ表装が良かったな」それはないだろうと思った。
    南日本書道会は特殊な会で個人の先生の会でなく鹿児島在住の各社中の書家て構成されている。
    審査員に川上南溟(謙信書道会名誉顧問 青山杉雨の弟子 日展特選2回 故人)法元康州(朝陽書道会副理事長 日展特選2回 日展参与 故人)
    松清秀仙(日展審査員 日展特選2回)などそうそうたる人たちだった。
    従ってレベルが高く昇段が難しい。(現在もそうらしい)
    顧問の先生に雅号をいただいた。先生が溪舟 私は出水→泉に置き換え溪泉と命名。
  • 表立雲 主宰との出会い
    社会人になってからも書は続けた。そのうち師範になった。
    そんな時、愛読していた「墨」の公募のページに目がとまる。古典臨書展である。
    出品料が安い。しかも選外だと出品料は返納するとある。腕試しに出品。
    (不純な動機ね)
    受賞式に金沢へ。懇談会で表立雲と出会う。今までにない考えの書家だった。共感した。
    以後、出品を続けている。現在、委嘱で出品。
  • 前衛書との出会い
    現代の書の公募通知が送られてきた。前衛書とのこと。書いたことがない。でも挑戦した。
    これが以外に大変だった。何をどう書いたらよいか解らない。三百枚ほど書いたうちそれらしくなってきた。佳作になった。
    富山へ出かけた。表立雲 主宰と面談した。「なんか良い作品だよなあ」といわれた。
    「前衛書て何だと思う」と聞かれた。よく解らないまま「感性ですか」と答えた。
    「そうだ」といわれた。
    翌年、玄土社の準同人に委嘱すると通知があった。それから前衛にはまった。
    (褒められて伸びるタイプ。でもほとんどがそうなのでは)
  • 書は実践しないとわからない
    前衛書は抽象表現なのでその人の感性がもろに現れるのだ。感性がないと良い作品にならない。先生や他の会員の作品を見ると自分の不識を思い知らされる。
    書以外にもさまざまなことに触れることが大事と思う昨今である。
    臨摸=古典を本物そっくりに模写することにも取り組んでいる。最初はなんとなく書き写していた。
    2010年楼蘭残紙(原寸の写真本)を臨摸し出品した。その際、本物のすごさに気づいた。
    細かい文字なのに隷書のような感じの筆捌きでしっかりと書いてある。
    同じように書くのは至難の技だ。見るとやるとでは大違いということを実感した。
    臨摸するとその作品(古典)の真実が見えてくるのだ。

前衛書について

前衛書ってどう鑑賞したら良いの。よく聞かれる質問です。そんな時、私は何も考えないでボーツと観なさいとアドバイスします。
「考えるな、感じろです」なんかわからん、絵みたい、いたずら書き、なんか良いなあ、私でも書けそう…。素直に感じることが大事です。何を表現しているだとか考えても仕方ない。

私は自分自身の個性(癖といってもよい)が表現できればよいと思っています。漠然としたイメージから作品作りに挑みます。技法はいろいろ考えますが、最初からこう表現しようとか理屈を積み上げるような創作はしません。題名など全部後付です。
ただ、勘違いしないでほしいことがあります。作品とただでたらめに書いたものとは違うということです。見る人の心に訴える何かが、感じられなければ作品ではありません。

書道を長くやっていると手本を見て書く癖がついてしまっている。手本がないと書けない。前衛といわれると何をどう書いたら良いのかわからない。「先生、前衛の手本をお願いします」と言う話もあるらしい?
前衛に手本などありません。自分自身を表現する感性が一番大切なのです。簡単にはできませんが、作品を作り続けるとそのうち何となく個性らしいが現れものと思います。豊かな感性の持ち主ほどいい作品を生み出していると思います。
中国の明清時代の書は個性豊かですね。書だけでなく、漢詩を作り、絵を描き、篆刻するのが常識だった時代ですから豊かな感性が育ったのではないでしょうか。

玄土社の考え方

1、玄土社では師匠と弟子の関係性はない。芸術家集団であり同じ仲間である。
2、前衛作品について:会員同士の技法の開示はご法度(同じような作品にしないため)
3、古典を科学的に研究し真実を追求する(これは表主宰が中心になって行っています)
4、古典の臨摸(模写)を行う。(個人が各自、課題を見つけ取り組む)
5、先生の手本を見て書くな。古典(拓本等)を見て自分で勉強して書け。事実、表先生から手本など書いていただいたことはありません。

書を始めるにあたって

  • 自分の存在を残すには書が最適!
    自分の生きた証を残してみませんか。自分の言葉を書に残してみませんか。
    書には力があります。
    話すより心に残る。詩人・書家の<相田みつお>氏がいい例でしょう。
    あの詩がを活字だったら心に残りますか?
    筆文字だから良いのです。
  • 書は始めるのは簡単です。続けるのが難しい!
    筆 墨 硯 紙 下敷き 文鎮 古典碑帖 (特に大切) があればOK。
    一人でいつからでも始められます。
    60歳からの手習いで書を始めてみたいが何から始めていいかわからない?道具は何を選んだら良いかわからない?道具の手入れ方法がわからない???等そんな皆様の為に私自身の経験から実践に役立つ方法を開示するHPです。また現在の所属社中の宣伝もさせてください。
    専門家または社中に加入している方、先生に習っている人にはお役にたたないかも知れません。
  • 継続は力なり!
    書は毎日書くと必ず上達します。1日半紙1枚でも結構です。練習した紙は丸めてポイしていませんか。その日一番上手に書けたと思うものにで日付を記入して残して置きましょう。そして1ヶ月前に書いた物と現在のものと比較して見ましょう。必ず上達しています。簡単そうですが、意外とできないものです。私自身もポイ捨てすることが多く反省の日々です。

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