書への取り組み~古典について:科学的に検証し真の姿を明らかにする。芸術としての書:前衛書で自己表現

溪泉プロフィール

溪泉プロフィール

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画像の説明

     

マナ鶴

■1956年鹿児島県出水(いずみ)市に生まれる。鶴の渡来地で有名。毎年1万羽がシベリアから越冬に来る。

玄土社(げんどしゃ)表立雲 主宰 に所属
■東京都大田区在住
■特技 猫とすぐに仲良くなれる。子供のとき10匹も飼っていた。黒猫のメスが子猫をぽんぽん生み、終いには母子で子猫を生むので猫だらけだった。黒猫は歯がなくなるまで生き、大往生した。

■趣味 カメラ30年以上 現在はデジタル一眼に変わった。
    熱帯魚エンゼルフィッシュ&ランチュウを飼育中
    硯収集
    太極拳

  • 書道人生
    小学校3年生から書道を始める。
    中学生時代は油絵ばかり描いていた。
    高校生 工業高校で電気科に入学。男子ばかりだった。
    書道部に入部。何と部員はたったの4人。顧問は数学の先生だった。
    この先生から指導を受けた。昇段の難しい南日本書道会に入った。
    3年で2段になった。県展に出しなさいといわれた。先生の書いた孟法師碑の臨書を手本に書いた。半切用の筆がなかったので先生に借りた。
    特選になった。先生いわく「こりゃ表装が良かったな」それはないだろうと思った。
    南日本書道会は特殊な会で個人の先生の会でなく鹿児島在住の各社中の書家て構成されている。
    審査員に川上南溟(謙信書道会名誉顧問 青山杉雨の弟子 日展特選2回 故人)法元康州(朝陽書道会副理事長 日展特選2回 日展参与 故人)
    松清秀仙(日展審査員 日展特選2回)などそうそうたる人たちだった。
    従ってレベルが高く昇段が難しい。(現在もそうらしい)
    顧問の先生に雅号をいただいた。先生が溪舟 私は出水→泉に置き換え溪泉と命名。
  • 表立雲 主宰との出会い
    社会人になってからも書は続けた。そのうち師範になった。
    そんな時、愛読していた「墨」の公募のページに目がとまる。古典臨書展である。
    出品料が安い。しかも選外だと出品料は返納するとある。腕試しに出品。
    (不純な動機ね)
    受賞式に金沢へ。懇談会で表立雲と出会う。今までにない考えの書家だった。共感した。
    以後、出品を続けている。現在、委嘱で出品。
  • 前衛書との出会い
    現代の書の公募通知が送られてきた。前衛書とのこと。書いたことがない。でも挑戦した。
    これが以外に大変だった。何をどう書いたらよいか解らない。三百枚ほど書いたうちそれらしくなってきた。佳作になった。
    富山へ出かけた。表立雲 主宰と面談した。「なんか良い作品だよなあ」といわれた。
    「前衛書て何だと思う」と聞かれた。よく解らないまま「感性ですか」と答えた。
    「そうだ」といわれた。
    翌年、玄土社の準同人に委嘱すると通知があった。それから前衛にはまった。
    (褒められて伸びるタイプ。でもほとんどがそうなのでは)
  • 書は実践しないとわからない
    前衛書は抽象表現なのでその人の感性がもろに現れるのだ。感性がないと良い作品にならない。先生や他の会員の作品を見ると自分の不識を思い知らされる。
    書以外にもさまざまなことに触れることが大事と思う昨今である。
    臨摸=古典を本物そっくりに模写することにも取り組んでいる。最初はなんとなく書き写していた。
    2010年楼蘭残紙(原寸の写真本)を臨摸し出品した。その際、本物のすごさに気づいた。
    細かい文字なのに隷書のような感じの筆捌きでしっかりと書いてある。
    同じように書くのは至難の技だ。見るとやるとでは大違いということを実感した。
    臨摸するとその作品(古典)の真実が見えてくるのだ。

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